昨日は、平野遼さんの個展を見に、永井画廊へ。
東京ではかなり久々の個展で、展示数も思いのほか多く、久々に遼さんの絵に触れて、ああ、やっぱりいいなあと思った。
画廊の永井さんと話す。本当にすごい絵描きというのは、悲しいかな、いつも、死んだ後に評価されるんです、と。今の時代の空気、これからの未来を誰よりも敏感に感じ取っているから、いつも時代が後で追いつく、ということか。
今度福岡に帰ったら、またアトリエに伺いたいと思った。残されたアトリエは、いまだ、遼さんの生きた空気がそのままで、表現するということの凄さに身が引き締まる想い。
夜は蜷川実花ちゃんの取材。3時間にわたるインタビュー。
実花ちゃんは、同じ年の友人でありながら、尊敬する表現者。写真について、撮るということについて、いろいろ聞く。
撮って撮って撮り続けてきた人。そして、死ぬまで撮り続けるだろう人。
写真家は世界を写す鏡だ。だからその鏡を鈍らせない。研ぎ澄ませていく。世界を感じ尽くす。まだ、まだ、感じていない世界がある。
今、彼女は、混沌の中にいて、それゆえに写す鏡は、より面白いことになっていて、写真も面白い。
蜷川実花、彼女もまた、時代の表現者の一人、だと思う。
2009年09月06日
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